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霧島神宮

欽明天皇の時代(6世紀)に慶胤(けいいん)なる僧侶に命じて高千穂峰と火常峰の間に社殿が造られたのが始まりとされる。火山の麓にあるという立地のためたびたび炎上する。文明16年(1484年)、島津忠昌の命により兼慶が再建したのが、現在の霧島神宮。 明治期の神仏分離令が発令されるまでは西御在所霧島権現と称し、本地堂は十一面観音。霧島山を中心とした修験僧による霧島六所権現信仰の中心的役割を果たしていた。歴代島津氏の尊崇篤く、島津義久は、天正6年(1578年)耳川の戦いに臨む途中に参拝して鬮を引き、また九州北上にあたっても天正14年(1585年)6月に日向国惣先達職の面高善哉坊と重臣山田有信を、再び9月に吉田清存を、それぞれ遣わして鬮を引き侵攻方面を決めるなど、重要事の決定に際したびたび神慮を仰いでいる。また、神木の杉は樹齢約800年と推定され、南九州の杉の祖先ともいわれている

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